きりすさい ta mani nee日記

日々のことや乳がん治療のことなど

ウクレレ弾き語りはじめました。

4年前、ヴォーカルレッスンに1年ほど通いました。10代後半から、高音だすと声が裏返ったりかすれたりする変な癖があって、日々声出ししてたらなおるんですけど。緊張すると特になりますね。そんときの発表会は推しの名曲をカバーして、ピアノ弾き語りしました。その翌年からは2年ほど自作曲つくることに挑戦したり、昨年からはウクレレをはじめたんですね。佐良直美好きになって、ウクレレの弾き語りをしたくなったから。

 

『いいじゃないの幸せならば』は1969年レコード大賞受賞曲で、岩谷時子作詞いずみたく作曲。

『私の好きなもの』は永六輔作詞いずみたく作曲。

 

佐良直美さんといえば、『世界は二人のために』の印象しかない方、JAZZやビートルズのcoverや諸々、素敵なのでおすすめします。80代になられたいまも歌声や表現が素敵なんですよ。

 こないだウクレレの発表会でこの二曲を演奏したけど、まだまだでした。なので今年はこれから月1ペースで、ウクレレ会とかオープンマイクに参加することにしました。必然的に“緊張しぃ”と練習不足を改善する方策です。

またも銭湯入浴復活 

昨日は…朝から乳腺主治医の診察→まねきねこ(カラオケ)で仕事&ヒトカラ&持参弁当で昼食→銭湯オープンまで時間が空いたのでカフェ見つけてプリンと紅茶時間→銭湯→ウクレレレッスン だった。野田駅近くのまねきねこ、他店に比べると音漏れ度が高く、サックス練習や昭和歌謡を歌うご年配の声がずっと聞こえてた。私も、パンク蛹化の女、折鶴、カーペンターズ、ジェーン・バーキン、嵐が丘とか歌いましたが、うるさかったかも。

 

大阪市内の銭湯、入口で600円。えろう高なったなぁ。貸しタオル無料はありがたかったけど。開店と同時に6人くらい『あいたでー』っと人が集まってた。靴箱に靴を入れようとしながら『ごめんやっしゃおくれやっしゃ』を連発している女性がいて、じわーっとうれしかった。大阪で生まれた女だけれど、いまは離れてるから、新鮮に感じる。

 

ウクレレは4月に発表会の予定があって、練習時間をつくらないといけない。佐良直美の『いいじゃないの幸せならば』と『私の好きなもの』を弾き語りする。YouTubeで弾き語り動画を探しても、『私の好きなもの』は大沢誉志幸以外には一般の人の弾き語りやcoverも見つからんかった。あんなに名曲なのに。大沢誉志幸のはボサノバでおしゃれなアレンジ。ほんとどちらも名曲…。メロディも歌詞も好き。

12月は放射線治療月間

師走初日から放射線治療がはじまった。平日は毎朝8時過ぎに病院に入る。計16日間。今月22日で完了予定だす。

照射場所は右胸を中心とした右脇くらいまでの範囲で、鎖骨下あたりから右胸全体に格子のような線がマジックで描かれる、そいで胴体の中心と左右には➕の印。治療のたびに、マジックが薄くなったところを放射線技師さん男女2名が左右から近づいてきて、同時に書き足される。そのマジックが照射の目印だから。風呂場で擦るとかは禁物なんです。

照射時間は5分位で、痛みとかはまったくなく、機械音がジジーッと鳴ってるだけ。ただ日増しに皮膚が乾燥して少しずつ日焼けしていく感じ。保湿は1日2回以上推奨で、ヘパリンローションが処方されている。

治療に関係ないけど、ひとつ気になるのが抗がん剤治療の部屋とリハビリの部屋はBGMがなくシーンとしてるのに、放射線の部屋は小さめのボリュームで聴きやすいジャズやボサノバ的な曲が流れてる。ノラジョーンズの Don't no why(インスト) を何度か治療室で聴いたので、固定BGMなんだろなぁ。

いまは治療2週目で、タモキシフェンの服薬もなく、禁酒してるし、体感的には楽な日々です。シャワーではなく湯船に浸かる習慣に変えたのも良かったのかも。

11月は治療なし月間

10月中旬に右側の乳がん手術をした。今回は早期発見でリンパ節転移もなく、術後の痛みはほとんどなかった。当たり前だが、前回と比べて腫瘍が10%ほどの大きさだから傷もたいして目立たない。なので?11月の間に2回、銭湯に行った。

そいで、なんと今月中は乳がん骨粗鬆症の治療にも飲み薬が出ておらず、無治療月間なんだよなー。放射線治療が12月開始なもんで…。その後も抗がん剤治療はしないらしく、放射線だけならラクラクやん、と想像するも、体力落ちてるし、お酒は控えよう治療中は。。。毎日早朝に放射線浴びて会社へ…、という12月になりそう。

ただいまは、放射線治療の準備期間に入り、放射線あてるための印として、胴体の左右、正面に大きなバッテン✖️が記入されてる身ですから、当面、銭湯は自粛する。

放射線治療というと大層な感じがするけれど、“日サロ”程度に受け止めて、通うことにしよう。見た目だけなら皮膚の日焼けみたいなもんだし、ね。

 

 

 

MRI検査は扇町の病院で

昨日、扇町MRIの検査があった。道すがら扇町公園がえらく綺麗になっていて驚く。BBQの店が園内に。

前回の検査ではコロナ禍のためマスクをつけたままうつむけで頭の周囲を固められるのがどうも息苦しく辛かった、ことを主治医に伝えると閉所恐怖症をおさえる安定剤を処方される。自分としては閉所恐怖症の自覚は全くなかったものの、お薬飲んで特に問題なく終了。安定剤のせいか、あとで眠くなった。今回はマスクをつけず検査であり不安はほとんどなかった。爆音はまだ苦手。

*5年前のときMRI検査後にお酒飲んだ、て別の投稿で書きましたがすみません、お酒はNGと言われました。今回はのんどりません。*

しかーし、検査後のランチは好きなとこいくぞー、と歩きだす。扇町は私が19〜25歳ごろまで勤務してた場所で…、神山町(かみやまちょう)を中心に東通り(泉の広場まで)、お初天神天神橋筋商店街西天満の交差点エリアまで、おいしいお店がたくさんあった。

グリル粒胡椒、麻ほ呂(牛たん)、洞魔麗(とまれ)、KTV近くの路地裏、兎我野町うどん屋(冷やしきつね)エミールパコ(ホットサンド)…今はない店がほとんどだけど、割烹、雑炊の大美は現在も営業中。割烹とあるが、お昼は幕の内弁当が900円台で、店内は静か、かつ気取らない雰囲気で1人でも入りやすい。味は…うまく表現できんが、落ち着いている。濃すぎず薄くなく、出汁の味があって、ぞうすいも皿うどんも美味しい。なんだか脈絡ないけれど、おいしいものを食べに行けて満足したということです。

 

※投稿せず下書きに残ってた投稿です、上記は入院前のこと。

ウィッグが4つ

断捨離という言葉は、音の響きがきついので好まないのですが、もう両胸手術したから、ここいらで区切りをつけて、当分不要であろう物たちを処分することに。

洋服、本、漫画と雑誌類、手術や治療中に使ったもの、それ以外はこれといって増えてないな。胸帯、手術時の圧迫靴下、ウィッグ用の備品類、あたま毛無し期間の帽子…、さようなら。ウィッグは見たら同じ髪型で4個もあった。そんなに買ってたの?3年近くつけてたからなぁ。それとウィッグのメンテナンス用チケット、使わないまま残ってる。これ誰か要る人にあげたいなぁ。。まあ、捨てるしかないか。あ、1番かさばってるの、これも処分。25年程前のYAMAHAステージピアノ、コロナ渦に2万程で買ったがいつの間にか壊れたのでしょうがない。平置き型だけど40キロ位の重量で粗大ゴミでは出せないから、引取りに来てもらい捨てる。これで自室が片付く算段。

 

術後2日目から何故だか急に高血圧になり退院まで下がらずで、一昨日から自宅におるが血圧って体温と違い体感では分からん。少し様子見。看護師さんは自宅でも計った方が良い、と仰ったがリンパ浮腫(左腕)があるし血圧計を買うのをためらってる。毎日腕を圧迫することで今回手術の右側もリンパ浮腫にならないかと気になるため。杞憂かもしれんけど。手首タイプ、据置型…リハビリ兼ねて太極拳(冒頭だけ覚えてるの)を久しぶりにやってみたりする。

 

 

乳がん 対側の手術入院終わる

2020年に手術した左胸の対側(右胸)に、別タイプの新規悪性腫瘍が見つかってから退院まで、あっという間だった。前回は放置していたため5センチ程になっててリンパ節転移もあった。今度はたぶん7ミリ位で、生検結果ではリンパ節転移はなかった。なのでリンパ転移があった一回目は術後、身体に管がついて病室戻るけど、今回はその管がない。手術は朝9時から始まって昼12時35分位には病室に戻りトイレに自分で行けたような記憶。当たり前だけど、腫瘍の場所にメスが入るので前回とは全然違う場所にキズがある。周りが青タンぽくなっててどんなキズなのか今んとこよく分からない。

 

これでもう、乳がん手術すること、今後はなければよい。どちらもやったからなぁ…。

 

前回の反省もあり、母に手術の付き添いはよいよー、というたので、手術前は病室内で一人、好きな音楽に合わせてゆったりと踊って気持ちを落ち着かせた。佐良直美古谷充のリサイタルアルバムから『ラスト・ワルツ』。ワントゥースリー、1.2.3.…。

 

この後は月末から放射線治療がはじまる。ホルモン治療(飲み薬)はあるけど、抗がん剤治療はないらしい。少しほっとする。